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前日の帰り。きのう来たはいいが今日帰れるという保証は、そう言えば何もないのだった。これでヒッチハイクできないと、死ぬなあとちょっと思った。死なないけど。どういうわけか東京からのテイクオフを、海老名SAから試みる。これは今から思えばすごく間違った選択。駅からSAはめちゃめちゃ遠かった。田んぼの中の一本道を、学校に遅刻したのかさぼったのか知らない女子高生の後ろ姿見ながら歩く。当時はコギャルなんていなかったんだぜ。海老名SAはまだ改装前で今ほどでかくなかったけどぼろかった。今は気が遠くなるほど巨大なSAと化し、ヒッチハイカーはトラック探してものすごくたくさん歩くはめになってる。で、そこでトラック探すが、折り悪く土曜日。ご家族の嵐で、トラックいなかった。午前中だぜ、まだ。
で、まあこれも人生さと、そのへんで座ったりしながら時間をつぶしていると、久留米ナンバーのトラックが止まり、かなり肥ったおっちゃんが下りてくるのを発見、乗せてくれるよう頼む。で、OK。
ただしこの車は三島行き。沼津インターで下りてしまうとのことだったので、じゃあその手前までと頼む。話しているうち名古屋行きと言ったら、実は三島でタイヤの積み込みすんだら九州まで走るんだといわれ、どうしようかな、と何となく考える。で、手前のPAでトラックいなかったら名古屋までって話になった。しかし、沼津インターの手前のPAを私もおっちゃんも見落とす! 結局三島へ。
三島のタイヤ工場に車をつけ、おっちゃんは積み込みの仕事にいく。超ひま。(当時超とかとは言ってなかったけど)しかし手伝うというのも無理だし、文句を言う筋合いではないしということで、ただ単に待つ。その間3時間。自分がどうしてこんなところにいて、なぜこんなことをしているのかよくわからなくなる。仕方なくその感覚を楽しむ。
積み込みがすんでおっちゃんは疲れていた。それまではいっぱい喋っていたのに黙ったまんままた沼津インターに戻り、一路西へ。黙っているのはちょっとこわかった。今だったら平気だけど。で、夕方になって守山PAに着く。例によって感無量でいたら、まだなんか用かといわれ立ち去る。そんなわけで、浪人生Foolは、ヒッチハイカーになった、俺はまだ腐っちゃいない、ココロのホノオはまだ燃えてるぜ、という実績を胸に、残りの浪人生活を過ごした。ちょっと安直。