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1990.6.22 守山PA-大和BS


 そもそもヒッチハイクなどしてみようと思ったのは以下のような成り行きだった。
 当時名古屋で浪人していたFoolは、ある日、西成で労働者バイトをしていたことのある同級生の話を聞いて、自分も何かしなくてはいけないような気になり、東京の友人を何かアナーキーな方法で訪ねようと決意。貨物列車も考えたが、死ぬような気がして断念。電車のキセルと長距離トラックのヒッチハイクを思いつく。高速道路のパーキングエリアを使うというアイデアはすでに最初の時点で存在していた。結局、まずヒッチハイクをやってみて、ダメならキセルという線で行くことにした。

 その日、守山PAについたのは午後1時15分前。PAまでの道を神領駅からカンでたどる。PAにつくが、当然のようにがちがちに緊張している。本当にヒッチハイクなど可能か、この時点ではわかっていない。トラックは比較的たくさんいたが、なかなか声をかける勇気が出ない。断られるのがこわい。
 しかし当時すでに、トラックのナンバーを見て行き先を推定するという知恵はあった。なんだかんだでめちゃくちゃ暑いPAを小一時間ほどうろうろする。もしキセルに切り替えるならという時間的デッドラインが徐々に近づき、どうするかの判断を迫られつつ、トラックの隙間をうろちょろする。

 その間約45分。その日は超暑かった。排気も余計にあたりの温度を上げる。トラックのナンバーを見ては頼もうと思いつつも、初心者の悲しさ、意外と勇気が出ない。何台かの車が目の前で出ていってしまうというのを繰り返しながら、それでもその間4・5台に頼んでいたはずだ。断られたけど。

 袖ヶ浦ナンバーのタンクローリーに声をかけたのはそんなとき。そのときすでに現在のかたちになっていたやり方は、どこまで行くか聞いて、それから乗せてくれるよう頼むというもの。で、乗せてってもらえませんか? (ダメだよなきっと、と思いつつ)という声に意外な答え。「いいよ!」

 しばらくはうそみたいだと思って、助手席に乗ってからもなかなか信じられなかった。暑さで頭がもうろうとしてたってのもあるけど。だって中はクーラーばっちりきいてて天国みたいに涼しいんだから。ドライバーは元自衛官で、自衛隊を辞めた後、商売をしていたがオイルショックでうまく行かなくなって、トラックドライバーに転職。以来ずっと運転手。(ってことは年いくつなんだ、この人は?)インテリっぽい人だった。

 その時、初めてのヒッチだったのに、いきなり助手席で居眠りをかました。別に怒られなかったけど。缶コーヒーもおごってもらった。うれしかった。大和BSで下ろしてもらったとき、どうやってお礼言っていいかわかんなくて、何だか口ぱくぱくしてしまう。感無量でトラックが走り去るのを、頭下げて見送る。いやー、若かったね。大和駅まで20分くらい歩いて、友達の家まで行った。これが個人的にはヒッチハイク初体験。


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